翻译试题
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上海外国语大学200X年硕士研究生考试
日语语言文学专业 日汉互译试题
(考试时间180分钟,满分150分,共5页)
一,把下列日语文章译成汉语。(35分)
それぞれの学問にはそれぞれ固有の対象領域があります。法律を扱う学問が法学であり、経済現象を対象とするのが経済学です。もちろん、その領域をさらに細分化し、専門化していくこともできます。きわめて簡単に言ってしまえば、学問とは、一定の対象に関する普遍的な記述を与えることだと言ってもいいでしょう。普遍的な記述が与えられることによって、われわれはその対象を操作し、統御することができるわけで、そうした実践性だけが学問の動機のすべてではありませんが、しかしそれを通じて学問は社会へと開かれているわけです。
ここで大事なキー・ワードは、「普遍性」ということです。つまり、学問がある対象の記述を目指すにしても、その記述は、けっして記述する人の主観に左右されるものではなく、原理的には「誰にとってもそうである」ような仕方で記述されているのでなければなりません。「わたしはこう思う」というだけでは、まったく不十分なのであって、「わたしにとってそうであるだけでなく、あなたにとっても、誰にとってもそうであるとわたしは思う」のでなければならず、しかもなぜそのように言うことができるのかを、論理的に――ということは、原理的には誰にも分かるような仕方で説明し、論証することができるのでなければなりません。
そのことを、専門的な言い方では「反証可能性(falsifiability)」と言います。すなわち、どのような知の言説も、同じ知の共同体に属する他の研究者が、同じ手続きを踏んでその記述や主張を、再検討し、場合によっては、反論し、反駁し、更新するという可能性に対して開かれていなければならないということです。
このことは、理科系でも文科系でも同じことですが、大学で学ぶべきもっとも重要なことは、まさに自分の思考に反証可能な表現を与えること、そうしてそれを普遍性のほうへと開いていくことなのです。それは、自我の立場に立って考えるのではなく、普遍性の立場に立って考えるということです。
(『知の技法』東京大学出版会による)
二,把下列日语文章译成汉语(35分)
龍哉が帰京の日、彼女は上野まで迎えに行った。同じ部員の着飾った恋人達がホームに集まってはしゃいでいる。辺りを見廻して、龍哉が連れていた見覚えのある女達の顔を捜したが見当らなかった。彼女は安心した。
「あの人は何故私だけに帰りを知らせたのだろうか。逢って最初、龍哉は何と言うだろう」
そう思うと、彼女には自分が鉤にかかったまま、水から上げたり下げたりされる獲物のような気がし、また惨めな気持になるのだ。
列車がホームに入ると、歓声が上った。デッキから乗り出した江田が叫んだ。
「うわあ、来てる来てる。モテルねえ、俺達は。龍、英子がいるぞ」
「当り前よ」
汽車が止まり切らず、彼女達の前を通り過ぎる時、江田は飛び降り、よろけて一人に抱きついた。華やかな嬌声がホームの人を驚かせる。
夏と較べ陽焼けはとれたが、引きしまった表情の龍哉を英子はデッキの奥に見つけた。ホームで解散した部員達は、それぞれ車を拾うと、てんでの方角に帰って行く。龍哉は見なれた英子の車に乗った。
「何処へ行きましょ。ゆっくりお話がしたいわ。ホテルにする」
「いや、何処かで飯を食おう」
父がよく使う料亭を彼は教えた。久し振りの東京の雑沓が懐しくさえあった。合宿中彼等が一番恋しがったものは、女でもなければ食物でもない。それは、自分を忘れる内に、彼等を奇態な冒険と狼籍に誘い込む都会の夕方であった。
通された部屋で、脇息にもたれながら龍哉は訊ねた。
「何か変ったことあった?兄貴どうしてる」
「知らないわよ。逢ってないもの。それよりあの約束って一体何なの」
「帰るなりそれを訊かれるだろうと思ってたよ。兄貴は何故言わないのかなあ。あいつは気が小さいからな。ま、その前に一本飲ませろよ」
「いや、真面目に話して」
やがて彼はあの取引きを話したのだ。英子はようやく自分の持ち主の所在を知った。
「――龍ちゃん、それじゃ私売られたの」
「そうまで考えなくたって良いさ。ただ俺は五千円の金で兄貴の為にお前には指一本触れないって約束しただけなんだから」
「そんなこと、私が承知すると思って」
「承知するしないって、俺だけに関係のあることじゃないか」
「貴方そのお金どうしたの」
「使っちまったさ」
「そう、それじゃ私が道久さんにそのお金払い返すわ」
「けど、また同じ契約を俺と兄貴が結んだらどうする。損するのはお前だけじゃねえか」
「良いわ、二人があきらめるまで私払うわ」
「馬鹿馬鹿しいじゃないか」
「貴方、自分がそうすると思う」
「ああ」
英子の眼に涙を見て龍哉は目をそらした。
「涙は苦手でね」
「どうしてそんなに私をいじめたいの。本当に、心から私が嫌いになったら貴方はそんなことしないでしょう。貴方がその気なら、私は抱いてもらえるまでお金を出すわ。龍ちゃんは未だお金で取り戻せる人なのね。でもね龍ちゃん、貴方は私を売ったつもりでも、結局私に買われるのよ。貴方それでも良いの。私は貴方の良いようにするわ」
涙が流れるにまかせながら、ふと笑うような面持ちで彼女は言った。
「――でも、でもね、私にはわかるの。お願い、本当のこと言って。貴方はそれでも私を愛してくれているんでしょう」
「どうもそうらしいや」
不貞腐れたように龍哉は言った。
「それならなんでもっと、――もっと素直に愛することが出来ないの。私もそれが出来なかった。でもあの夜から貴方だけにはそれが出来るようになったの。二人とも肩輪だったのよ。皆だってそうかも知れない。でもそれはきっと直せるのよ」
翌日、道久は郵便で五千円を受取った。しかし龍哉は道久を唆し、再び同じ約束を結んだのだ。道久は気を咎められたが、一向自分には冷い英子へのしっぺ返しのつもりで契約を交した。
英子は言った通り、また五千円を払って寄こした。それを知って龍哉が三度道久に申し入れた時、彼は言った。
「もう良い加減にしてやれよ。矢張りあの娘はお前にホレてるよ」
が龍哉は無理矢理二千円で約束させ、英子には五千円と報告して三千円のサヤを兄に与えた。道久はちゃっかりそれを受取るとさすがに言った。
「もう絶対に厭だ。女を泣かすのは悪い趣味だぞ」
龍哉は兄に無断で又契約書を作ったのだ。英子は即日払い込んだ。
その額が二万円に成ったのに気づいた時、彼は奇妙な感動に打たれた。拳闘の試合で、こちらがポイントすれば必ずそれだけ打ち返してくる、言わば互角のしぶとい相手に対するような感嘆でもあった。龍哉は決して吝嗇ではなかったが、二万円と言う金高が彼の心を不思議に捕えた。矢張り彼は、人間の心を金と言う物に置き換えて測っていたのだろうか。
(『太陽の季節』による)
注:
部員――拳闘クラブのメンバー
デッキ――列車・車両の出入り口の床。
狼藉――乱暴に振舞うさま、物が乱雑に散らかっている様子。
脇息――坐臥具の一種、座ったときに肘(ひじ)をかけ、体をもたせかけて休める道具。
三,把下列汉语文章译成日语。(40分)
正在读一本书,是本相当厚的书,不知何时才能读完。此书并不是非得尽早读完,无论化上一年或者两年不会有人来催你。想休息了,尽管可以休息,然后再接着读。这种感觉就如每天看到同一个地平线一样。
尽管这样,只要不中途作罢,还是缓缓向前。
一直在想何日才能到彼岸----最后一页呢,当某天终于读到这页时,真是感慨万千。
此页之后,已经没有可以翻阅的页面了。
我至今为止还不曾有过不知何时才会结束的旅行,但是我觉得它一定和读一本长篇大作时的感受一定是相似的。
且不论长短,只要是自己喜欢的书籍,就会觉得因为有缘分,才会到手。一生中真正喜欢的书也许并不多,不过不多也无妨。
我们把与自己有缘分的书置于身边,几十年都不会遗失而长期保存。有时也会懊悔自己做了一件蠢事,怎么能把某本书卖给了旧书店呢。
对我们来说,哪怕就是一本书,自己所珍惜的东西不可能永远留在自己的身边。书就像有了生命一样,时而去了某处,时而深藏不露。
每天都过着同样的日子会觉得,就像今天与昨天大致无异一样,明天也和今天也大致无异。但是也许还是会发生意想不到的好事。哪怕是微不足道,有好事总是让人愉悦。无论如何,因为它是意料之外的事,才会带来意外的惊喜,而且总是感到新鲜。
活着的人都不能预知未来,无法预知反而好,才活得下去。明天会发生什么些小的好事,还是会发生令人难以躲过的灾难,谁都无法预料。
“今天一天又过去了。”
一边嘟哝着一边钻进被窝的人,最好别想明天的事,直接入睡为好。
(『クロッカスの花』による)
四,把下列汉语文章译成日语。(40分,括弧中为供参考的日语单词)
世上很多事,人们往往对它们熟视无睹,但细究起来就会觉得不可思议。比如钟表面(時計の文字盤)就是一例。所有商店出售的钟表面指针均为右转,3点在右,9点必定在左边。我们从未见过左转的钟表,甚至有“顺时针方向(クロックワイズ)”这一说法,而且大家都理所当然地接受了这种现实。
那么,究竟为何3点9点的位置不能颠倒呢?是否有此种国际法规定呢?还是国际钟表制造业协会为了统一型号方便销售而搞的世界性阴谋呢?
一天, 这个谜团突然冰释。
我出任伦敦特派记者(ロンドン特派員)时,南非的巴纳德博士(バーナード博士)作了世界首例心脏移植手术,为了采访(インタビュー),我立刻纵贯非洲大陆,飞抵卡普敦(ケープタウン)。就在此时,谜团解开了。
卡普敦依海而建,城市背后——与海相反的一面—耸立着以山顶平坦而著称的泰布尔山(テーブル・マウンテン)。太阳从海一侧照到山上,从金光闪耀的黎明到晚霞缭绕的黄昏,山的颜色变化莫测,巍峨的山姿美不胜收。
至此,也许多数读者会想象山是在城市的北侧吧。
事实恰好相反,山居南,海在北,太阳是从北面照来的。以前我对开普敦市朝北的港口也一无所知。确实,因为地处南半球,当然是北面暖和,港口,建筑以朝北而建为好。然而道理虽是如此,但我们“北方人种”的感觉断然会将有太阳的一侧判断为南面。
熟悉自然的人都会从太阳的位置判断方位来决定行动的方向,人们几乎都是在无意识中运用这样的原理——使时钟的短针与其投影重叠,该线与12点的等分线即正北方向。
可是,南非的太阳把我们搞糊涂了,公式不适用了。当我们手拿地图走在街上时,不知多少次抬头看太阳判断方向,并为自己的判断失误而咂舌。不仅如此,太阳的轨迹也和我们的常识相反,由右向左运行最终缓慢沉落,我们看来,这种情景宛如见到了一种异样的生物,令人感动。
“如果日晷(日時計)指向正北时为正午,那么,指向上午10点位置时,这里是否应该为下午2点呢。这么说来现在刚过2点。”——一天我在大街上仰望着天空正在沉思,突然我茅塞顿开,不由自主地冲着马路中央的交警跑去。
“告诉我,日晷在哪里?”“什么,日晷?”“对,正是日晷!”我想当时的那种慌张劲与街上的气氛一定很不相称。“公园里常有的玩意儿,奥,对了,公园在哪儿?公园,大公园!”