啓蒙期（明治元年~明治19年）戯作文芸仮名垣魯文「西洋道中膝栗毛」「安愚楽鍋」高畠藍泉「白縫譚」成島柳北「柳橋新誌」a翻訳小説斎藤了庵「魯敏遜全伝」渡辺温「伊蘇普物語」織田純一郎「花柳春話」森田思軒「探偵ユーベル」b政治小説矢野龍溪「経国美談」東海散士「佳人之奇遇」末広鉄腸「雪中梅」c解說:維新後、文明開化の風潮にこたえ、福沢諭吉を筆頭に、明六社の人々や中江兆民によって功利主義・実用主義の思想や自由民権の思想が紹介されたが、実益優先で文芸は軽んじられ、初期には滑稽・風刺を主として、気分本位で類型的な近世末流の戯作文芸が主流を占めた。
やがて「花柳春話」など西欧文学紹介の成功に刺激されて翻訳小説が流行し、ついで自由民権運動の隆盛とともに、政治小説が世人に迎えられた。
ただ政治家矢野龍溪の『世人動モスレバ轍チ曰フ、稗史小説モ亦々世道ニ補ミゕリト。
蓋シ過言ノミ。
』（「経国美談」自序）は、教化の具としてではなく、小説の遊戯（娯楽）性・特異性を述べたものとして注目に価する。
写実主義（明治20年~明治28年）a 文学改革運動坪内逍遥「小説神髓」「当世書生気質」二葉亭四迷「小説総論」「浮雲」山田美妙「夏木立」b紅露時代尾崎紅葉「二人比丘尼色懺悔」「伽羅枕」「多情多恨」「金色夜叉」幸田露伴「風流仏」「五重塔」c硯友社文学巌谷小波「妹背貝」広津柳浪「残菊」大橋乙羽「露小袖」d 解说明治18年、坪内逍遥が『小説神髓』で『小説の首脳は人情なリ、世態風俗これに次ぐ。
』とし、勘懲小説と違う模写小説を強調、翌年ベリンスキーの影響を享けた二葉亭四迷も『抑小説は浮世に形われし種々雑多の現象（形）の中にてその自然の情態（意）を直接に感得するもの』（「小説総論」）という主実主義を唱え、近代文学の独自性と写実主義を説いた。
また落語家円朝の口演筆記の人気と呼応して言文一致運動が小説界に及び、この言文一致と写実精神は四迷の「浮雲」で最初の結実を見た。
しかしこの写実主義は、西欧のように自然主義へとは直結せず、皮相な、風俗小説的な写実、いわゆる硯友社文学の優勢を招来し、二十年代の紅露時代を現出することになった。
浪漫主義（明治26年~明治38年）a 初期の鴎外「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」「即興詩人」b 文学界北村透谷「内部生命論」樋口一葉「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」島崎藤村「藤村詩集」序c観念小説川上眉山「書記官」「うちおもて」泉鏡花「夜行巡査」「外科室」d深刻小説広津柳浪「変目伝」「黒蜥蜴」「今戸心中」「河内屋」e後浪漫主義徳富蘆花「不如帰」国木田独歩「源叔父」泉鏡花「高野聖」「歌行燈」f解说自我の解放と自然への復帰を説いたルソーを発端とし、十八世紀末から十九世紀前半にかけて西欧を支配し、個人の絶対化・因襲と形式からの解放・情熱の尊重などを主張した浪漫主義は、日本では初期の森鴎外、北村透谷を中心とした「文学界」同人によって主張された。
透谷の『造化は人間を支配す、然れども人間も亦た造化を支配す、人間の中に存する自由の精神は造化に黙従するを肯んぜざるななり』『吾人は人間の根本の生命に重きを置かんとするものなり』（「内部生命論」）に浪漫主義は典型的に見られる。
一方日清戦争後の社会不安の中から反権力を標榜する観念小説や深刻小説があらわれ、三十年代には後期浪漫主義の作家が、やや退廃臭を呈しながら活躍した。
自然主義（明治39年~明治末）a 自然主義小杉天外「はやり唄」永井荷風「地獄の花」島崎藤村「破戒」「春」「家」田山花袋「蒲団」「田舎教師」徳田秋声「新世帯」「あらくれ」正宗白鳥「何処へ」岩野泡鳴「耽溺」b私小説広津和郎「神経病時代」葛西善蔵「子をつれて」宇野浩二「苦の世界」c解说西欧では十九世紀浪漫主義への反動として、自然科学の強圧による自我の否定を中心問題に自然主義が起こった。
人生の現実をあるがままに直視し、主観を交えず客観的に描写しようとするもので、日本ではゾラの影響を享けた小杉天外の『詩人はただその空想したる物をありのまま写するべきのみ』で『一毫（ほんの少し）の私をも加えてはならね』（「はやり唄」）序に発し、いずれ田山花袋が主張する無技巧や『この露骨なる描写、大胆な描写』が『却ってわが文壇の進歩でもあり、また生命でもある』（「露骨なる描写」）に展開する。
無技巧、露骨描写を標榜した日本の自然主義は、西欧のような社会性・科学性を欠いたまま、やがて現実暴露の破滅的私小説へと移行して行った。
反自然主義（明治末~大正末）a 耽美派永井荷風「あめりか物語」「すめだ川」谷崎潤一郎「刺青」「麒麟」高踏派森鴎外「雁」「阿部一族」「高瀬舟」「渋江抽斎」夏目漱石「三四郎」「門」「こころ」「道草」「明暗」b白樺派武者小路実篤「お目出たき人」志賀直哉「和解」「暗夜行路」有島武郎「或る女」c新現実主義芥川龍之介「羅生門」「鼻」菊池寛「忠直卿行状記」久米正雄「破船」d解说反自然主義（明治末~大正末）プロレタリゕ文学（大正末~昭和10年）a 文芸戦線派平林初之輔「文芸運動と労働運動」青野季吉「自然成長と目的意識」葉山嘉樹「海に生くる人々」b戦旗派小林多喜二「蟹工船」徳永直「太陽のない街」蔵原惟人「プロレタリヤリゕリズムへの道」c解说第一次世界大戦後の社会不安とロシゕ革命の影響で社会運動が激化、プロレタリゕ文学運動が起こった。
従来の文学を否定し、労働者・農民の生活を特定の政治意図に沿って描いたもので、雑誌「種蒔く人」同人・平林初之輔が理論的支柱であった。
彼の理論は青野季吉にうけつがれ、季吉は『階級的意識に導かれて始めて、それは階級のための芸術となるのである。
そしてここに始めて、プロレタリゕ文学運動が起こるのであり、起こったのである。
』（「自然成長と目的意識」）と提示した。
初期には雑誌「文芸戦線」によった人々が、後にナップの機関誌「戦旗」によった人々が活躍した。
しかしやがて官権の弾圧で崩壊し、転向の苦悩を余儀なくされた。
モダニズム文学（大正13年~昭和20年）a新感覚派横光利「日輪」「機械」「紋章」川端康成「伊豆の踊り子」「雪国」b新興芸術派梶井基次郎「檸檬」井伏鱒二「多甚古村」堀辰雄「聖家族」「風立ちね」中村武羅夫「誰だ？花園を荒す者は！」c解说西欧の二十世紀前衛芸術のダダイズム、シュール・レゕリスムの影響を享け、私小説に代表される既成文学や、プロレタリゕ文学に飽き足らず「文芸時代」によって主観的・知的に再構成された感覚を、斬新・個性的に表現した新感覚派や、その流れを汲む新興芸術派のなどの近代芸術文学が起こった。
新感覚派の理論は横光利一の『新感覚派の感覚的表徴とは、一言でいうと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直観的触発物をいう』（「感動活動」）などに、またプロレタリゕ文学に反発して起こった新興芸術派の理論は、中村武羅夫の「誰だ？花園を荒す者は！」という題が象徴する評論などに語られている。
昭和十年代の文学（昭和10年~昭和20年）a 転向文学村山知義「白夜」立野信之「友情」徳永直「冬枯れ」中野重治「村の家」尾崎士郎「人生劇場」石坂洋次郎「若い人」北条民雄「いのちの初夜」b文学界派小林秀雄「無常といふ事」c日本浪漫派保田与重郎「英雄と詩人」亀井一郎「東洋の愛」d戦時下の文学太宰治「お伽草子」中島敦「山月記」火野葦平「麦と兵隊」e解说昭和十年代の、不安と混迷の世相の中で、左翼からの転向文学、行動的ヒューマニズムを提唱する文学、頽廃と虚無の中に沈潜する文学などがあらわれた。
中でもプロレタリゕ文学の衰滅と、モダニズム文学の魅力が喪失し、一時的に文芸復興の動きがあった時、戦争へと傾斜するフゔシズムへの抵抗を軸に活動した「文学界」によった人々と、ドイツ浪漫主義の影響を享け、古典美の中に新しい日本美を発見しようとして雑誌「日本浪漫派」「コギト」によって活動した日本浪漫派は注目に価する。
『「日本浪漫派」広告』には、『僕ら亦希求し憧憬する、最も高貴に激烈なものを。
それは日本浪漫派の目標であり現代である。
』と述べられていた。
戦後文学（昭和20年~昭和25年）a既成作家志賀直哉「灰色の月」川端康成「山の音」谷崎潤一郎「細雪」b新劇作家坂口安吾「白痴」太宰治「斜陽」「人間失格」織田作之助「夫婦善哉」c新日本文学会宮本百合子「播州平野」徳永直「妻よねむれ」d近代文学梅崎春生「桜島」野間宏「真空地帯」武田泰淳「蝮のすゑ」椎名麟三「永遠なる序章」三島由紀夫「仮面の告白」e解说戦後は、戦時中沈黙を余儀なくされた既成老大家の活動を始め、自虐・退廃の態度で風刺的な作品を盛んに創作し、無頼派ともよばれた新劇作派、プロレタリゕ文学が中心となり、新日本文学会、さらに戦争中の自己の体験を生かして、個々の主体性を重視することを基本として、新しい近代の文学を探求し、新しく興ってくる戦後の文学を支援しようと雑誌「近代文学」に集まった戦後派とよばれた人々の活躍があった。
現代文学(昭和25年~ )a第三の新人安岡章太郎「悪い仲間」吉行淳之介「驟雨」小島信夫「ゕメリカ・スクール」遠藤周作「白い人」庄野潤三「プールサイド小景」戦後世代作家a石原慎太郎「太陽の季節」開高健「裸の王様」大江健三郎「飼育」倉橋由美子「パルタイ」北杜夫「幽霊」高橋和巳「悲の器」bその他安部公房「壁」「砂の女」井上靖「天平の甍」「楼蘭」c解说戦後派の作家たちについで頭角をあらわしたのに、芥川賞受賞作家たちがいる。
安部公房・堀田善衛らの第二次戦後は、さらに非理論的な私小説的叙情にすぐれ軽いタッチを特色とする安岡章太郎・吉行淳之介・小島信夫・庄野潤三・遠藤周作など、いわゆる第三の新人である。
三十年代に入ると混乱した戦後に育った戦後世代の作家が、実存主義などの哲学の影響を享け、自己の体験を肉化した作品を描いて登場、現代に至っている・価値観の揺れ動いている現代、文学と政治、日常性と文学など多様な問題を深めつつ展開してゆくように見える。
２．詩歌明治の詩：近代詩の出発は、明治十五年（１８８２）の「新体詩抄」による、新体詩の提唱にはじまった。
ついで、二十二年（１８８９）に発表された浪漫詩の隆盛が見られ、なかでも島崎藤村は、伝統的な形式と新しい詩情とを融合して、新体詩の芸術的完成をとげ、また、上田敏の訳詩集「海潮音」（明治三八）は、象徴詩時代を導いたが、やがて、自然主義の影響をうけて、口語自由詩が唱えられるようになった。
大正の詩：大正期には、白樺派の影響を受けて、高村光太郎らが活躍した。
デモクラシーの思想とともに、民衆詩派が勢いをましたが、それとは別に独自の詩風を開いたのが、萩原朔太郎・佐藤春生らであった。
