自己PR

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「自己PR」私は「マメ」です。

お客様一人一人を大切にするために、アルバイト先で、毎日いらっしゃるお客様の顔・性格は覚えるように工夫しています。

例えば、お客様の中には、レシートはいらない、袋はいらない、領収書が必要な方がいます。

その様なお客様に初めて対応した後にはメモをとり、帰宅してから見直します。

さらに記憶しやすい様に似顔絵を書いたりしました。

結果、お客様には、「ありがとう。

丁寧に商品を扱ってくれるからうれしいわ。

」など言われ、待たせる事も少なくなりました。

少しでも待たせてしまった場合、「お待たせしてすみません」と必ず言うようにしています。

私は、「細かい気配り」という豆を植え、「成果」という芽を出します(300字)私は「おきあがりこぼし」です。

ゼミで「夕方のニュース番組の視聴者意識調査」を行った際、主婦層中心に約700枚のアンケートを一週間で集めることが必須でした。

しかし、初日わずか50枚という結果になり、原因を探り、1.大学名を記した巨大な看板を作り、宗教団体等と区別。

2.着ぐるみを着て、子供の関心を引き、主婦層をつかまえる。

等、計5点を提示し、実行しました。

結果、「4日で700枚以上」と、目標をはるかに超える枚数を集め、真偽性の高い調査結果を得ることができました。

どんな状況でも、数々の改善案を打ち出し、どん底から這い上がるパワーがあります。

(はるかさん協力,2005)(276字)私は何事も素直に受け止めて行動します。

カフェでアルバイトをしていたのですが、どんなクレームも素直に受け止め、対処してきました。

お客様が「たばこの煙が来て困る」というクレームがあれば、観葉植物をしきりにしてみたり、「子供の声がうるさい」と言われれば、なるべく周りに声の届かないような「子供スペース」の設置を提案し、座って頂くようにしてきました。

マニュアルだけが全てではなく、いかにお客様が気持ちよくいていただけるかが大事です。

そのために常に素直な気持ちを持ち続けています。

(235字)私は夏休みにビル建設補助のアルバイトをしていました。

40度近い炎天下の中、鉄柱を運んだり、杭を打ち込んでいました。

引越しのアルバイトもしたことがありましたが、それ以上に辛く厳しいものでした。

また、深夜にはコンビニエンスストアでアルバイトをしており、ほとんど寝ていないという状態でした。

しかし、それでも常に明るく振舞い、仕事場はいつも笑いで溢れていました。

そのような時こそ、良い仕事ができます。

これからも「明るさ」を忘れないでいきたいです。

(219字)(体力アピールを前面に出しました)私は「伝え上手」です。

アナウンサー学校に1年通っておりました。

その中でいかに情報をわかり易く伝えるかを考えてきました。

例えば、表情や声のトーンを工夫しました。

同じ内容でも幾つものトーンを考え、原稿を読み、鏡の前で色々な表情を練習しました。

また、予備校のアシスタントでは、大勢の前で発表することがあり、騒がしい時がありました。

その時はあえて小声で話し、注目を集めました。

このように伝え方を工夫できます。

(200字)私は「清貧」です。

そのため、いかに支出を抑えるか考えてきました。

趣味が旅行なのですが、インターネットを駆使して情報を集め、格安航空券を確保しました。

ホテルはとらず、現地の人にお願いして、「強制ホームステイ」をしていました。

おかげで世界に友人が100人ほどいます。

お金が無くなってしまった時には、「添乗員」「日本語教師」になりすまし、凌いできました。

どんなところに飛ばされても、生き残る自信があります。

(200字)私は表情力があります。

ウグイス嬢のアルバイトをしていました。

まず、候補者と睡眠以外の時間はつきっきりで話し合い、候補者について知らないようなことがないようにしました。

それにより、本当に候補者が話しているような印象を与えることができました。

さらに、「泣きのさやか」と言われるくらい、涙で語りかけ、注目を集めました。

おかげさまで候補者は当選しました。

このように伝える内容だけでなく、伝え方も工夫できます。

(200字)(青木さやかさんの経歴を元に作成)私は「チャンスメイカー」です。

サッカーサークルを1から作りました。

まず、部員を増やすべく、学校の掲示板に自分で作成したポスターを何度も貼り、ビラを1人で1000枚程配りました。

現在は22名になり、紅白戦ができます。

さらにコート確保のため、全員に都の施設の登録カードの作成を提案し、抽選の確率を上げました。

また、MFであり、スルーパスをだし、ゴールを演出しています。

この様にきっかけを作り出します。

(200字)「MFであり」のところを「試合では」にしても良いかもしれない私は「多視点」を持っています。

例えば、OB訪問。

普通、カフェなどで行いますが、六本木ヒルズの展望台で行いました。

学生を少しでも和ませ、その人の良いところを引き出し、アドバイスするためです。

そのため、美術展を見ながら、どのような嗜好を持っているのかを見ました。

そして、「飴とムチ」を心がけ、叱った後、褒めるようにして自信をつけさせるようにしました。

このように当たり前の事を違った視点で捉え、実行します。

(200字)これをほぼ実話。

日本一高いところでOB訪問をしたかも(笑)学生には絶対書けないエピソードです。

私は「褒め殺し」ができます。

渋谷・新橋の路上で「ホメ殺し屋」を始めました。

1分100円で行い、4年間続けて、最終的には、月の売り上げが100万円にもなりました。

それだけでなく、道ゆく人を見つけては、一言誉めていました。

時には外国人も誉めました。

言葉が通じるわけでなく、体に触れたり、スキンシップをして想いを伝えました。

誉められて不快な人は世の中にいません。

私はまわりの人をプラスに導いていきたいです。

(200字)「ウケル技術」の著者の経歴をアレンジしました私は「挑戦」が生きがいです。

ギネス記録に挑戦し、「水切り39回」という記録でギネスを勝ちとりました。

まず、そのためにはジムに週6日×2時間通い、体を鍛えました。

そして、どのような角度で投げるのが良いかを考え、様々な体育の先生に聞いてまわり、独自の投げ方を開発しました。

さらに、投げる石も大事であり、日本全国の投げやすそうな石を集め、挑戦しました。

現在、これに満足せず、記録を伸ばすべく挑戦しています。

(200字)ちなみに角度は水面から5~10度の角度で投げると良いそうです。

私は相手の事を考えて行動します。

例えば、料亭で仲居をしていた時には、1度来たお客様の事は忘れないようにしていました。

それを活かし、お酒が弱いお客様が来た時には、これ以上お酒を飲まないように会話を工夫し、お客様の健康を気遣っていました。

そういう気遣いをすることによってお客様の信頼を得て、結果的にリピーターになり、売上に貢献していました。

「相手の立場になって考える」、これほど大切な事はないと思います。

(200字)私は「スクラッパー」です。

毎朝、3つの新聞を購読し、興味のある部分を切り抜き、オリジナルの新聞を作ります。

例えば、新聞の記事にあった色の台紙を使い、記事に表情をもたせるなど工夫し、わかりやすく伝えます。

塾講師のアルバイトでは、この新聞を題材に小論文の授業を行なっています。

子供達に小論文の書き方を教えるのと同時に、新聞の楽しさを教えました。

このように情報を選択し、わかり易く伝えることができます。

(198字)私は「サプライズ」を大切にしています。

毎年、友人の誕生日に、「ビックリパーティ」を計画しています。

例えば、普通のケーキと見せて、材料がお米のケーキを出したり、寝起きを突然襲い、クラッカーを鳴らしたこともあります。

レストランのアルバイトでは、「カレー」と「ビビンバ」を組み合わせた「カレービビンバ」という他店にはない物を作り、驚かせました。

このように人を驚かせて喜んでもらうことが好きです。

(196字)「私は『サプライザー』です」でも良いかもしれない。

私は「活かした計画」をします。

往復4時間の通学の時間を活用するために、簿記・英語・地方財政の車内用の「勉強ノート」、「温泉ノート」を3年間で15冊作りあげました。

実際にこのノートを使い、「1日で温泉何個巡れるかツアー」を計画しました。

10箇所ほど周り、3000円という破格で抑えることができました。

このように時間・知識を活かし、計画することができます。

(181字)私は3年間塾講師を続けています。

大学の授業に加え、塾のための予習復習を欠かしません。

また、いかに生徒が授業を楽しめるかを考え、授業の間に「ティータイム」と称して、休憩時間以外に談話する時間を設けたりしました。

おかげで、40名いた生徒全員、第一志望の高校へ入学することができました。

綿密な計画を立て、確実に実行し、成果を出します。

(164字)私は「ワンモア精神」を持っています。

居酒屋でアルバイトをしていたのですが、元気な声で雰囲気をよくするだけでなく、「料理名」を開発しました。

これはお客様の残飯を調べたり、生の意見を聞き、既存のメニューを工夫して作り出したものです。

私はもっと良くなるのでないかという精神で何事にも取り組みます。

(145字)夏には遊園地のプールで60日×8時間、足の裏が厚くなるぐらい立ち続け、冬には年賀状配達をするなど、体力には自信があります。

(慶応の履歴書の最後の部分で書いていました。

)(61字)。